10年前のクリスマス。
いつのまにやら年末。いつのまにやらクリスマス。
家族も含め、元々あまりクリスマスにテンションが上がるタイプではないので何事もなく家でまったり過ごしているかおるです。
そういえば思い返してみても何かイベントらしいイベントってあったかなぁ…
って思い返してたら、ずいぶん昔にクリスマスのショートストーリーを書いたことがあったのをふと思い出しました。
まだあるかなと思って、ダメもとで何年ぶりか分からないmixi(!)にログインし(パスワード覚えてた自分すごい…)過去の履歴を遡ること30分ほど。
ありました!
というわけで、自分がぴったり10年前、2010年12月24日に書いた、とても珍しい恋愛モード全開のショートストーリー。
思い出として置いておきます。全く無修正、当時のままです。笑
ハーモスフィア第三回作品「Metropolis in Vitro」の1本目「any weather」のスピンオフです。
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駅前のロータリーを臨む時計台から、21時を知らせるメロディーが流れ始めた。
急ぎ足で帰路につく人々にまじり、コンビニの店頭では赤地に白いラインの衣装を纏った店員たちが、賑やかに呼びこみをしている。店の自動ドアが開閉するたび、香ばしいチキンの香りとジングルベルのメロディが漏れてくる。
そんな浮き足立つ空気を横目に、慶太は一人、駅前のベンチで待ちぼうけを食っていた。カイロ代わりに買った缶コーヒーはとっくに冷め、指先が少しかじかんできている。今日はコロニーの特例天候日のせいで、規定より5度以上も気温が低い。少し着込んではきたものの、あまり体験したことのない冷気は思ったよりも堪える。
ポケットから携帯を取り出して液晶を眺めるが、着信は何も無い。慶太はポケットに携帯を突っ込むと、大きなため息とともに立ち上がった。一口だけ残っていたコーヒーを煽り、缶を弄びながらくずかごの方へと歩き始める。
「……うおっ!?」
「お待たせ! ごめん、遅くなった」
突然の衝撃に、慶太は思わず前のめりになる。背中にかぶさってくる重みと、頬をくすぐる髪先が視界に入る。
「重っ…! 環、後ろから跳びかかってくるのはやめろ!」
「えー? いいじゃん別に」
背中の重みが緩む。慶太が小さくため息をついて振り返った先には、ベージュのダッフルコートに白いマフラーで身を包んだ、深い栗色のロングヘアの少女…環が満面の笑顔で立っていた。
「遅かったな」
「ごめん、冬季講座の補習が長引いちゃって」
「よくやるよなほんと。とっくに推薦決まってるのに」
「慶太と違って、気を抜くとすぐついていけなくなるの。はぁ、慶太のアタマ少し分けてよ」
「なんだよそれ…」
「それより、早く行こ! 今から歩いたら、ちょうどいい頃じゃない?」
「ああ、そうだな」
環は慶太の手をとり歩き出す。慶太は横目で時計台の時間を確認しながら、環に少し引っ張られるようにして歩き始めた。
「今日のあれって、史上初めてなんだよね」
「ああ。別の地区だと何回か実験があったらしいけど、うちの13地区は前例がないって資料に書いてあった」
人通りもまばらな住宅地を抜けながら、慶太は空を見上げた。
冷たい空気の闇を挟んだその先、無数の網目のような、タイルを無数に敷き詰めたような天井がうっすらと見える。宇宙空間に浮かぶ巨大居住地、コロニー。地球の環境を完全に再現したとうたわれる空間で、あの天井だけは、この場所が地球とは違うということを決定的に再認識させるものだった。
「こんな日にやってくれるなんて粋だけど、この寒さはないよね」
「規定気温だと、天井ユニットからここまで届かないんだろ」
「それはわかるけど、寒いの苦手なの」
環は慶太と繋いでいる手を一度放し、自分のコートのポケットに入れる。先程から、何度かそうやってカイロで手先を温めてはまた慶太の手を握ってくる。
「…冷たいなら、手突っ込んだままにしとけばいいんじゃないか?」
「えっ」
一瞬、環が目を丸くして立ち止まる。
「どうした?」
「…………………」
不思議そうに問う慶太に、環の表情が拗ねたように崩れ、小さくため息をつく。
「はあっ…。やっぱり、慶太は慶太だよね」
「なんだ?」
環は両手を背中で組んだまま、つんと背筋をのばして慶太の先を歩き始める。慶太は意味がわからず不思議顔のまま、それに続く。
「もーちょっと女心わかってよね…」
「…なんの話だ?」
「なんでもないですー!」
そんなやりとりのうちに、住宅街を抜けた道は幅が広がり、ひらけた公園の中へと入る。緩やかな上り坂の両脇にはややさかにライトアップされた並木が続き、淡いブルーLEDの光が冷たい空気をさらに凛と際立たせている。そして10分ほど進んだ頃、坂は平地となり、街を見下ろす丘へとたどり着いた。
「意外と、人いないね」
慶太と環以外、2組ほどのカップルしかいない丘の上の広場。環は適当なベンチを見つけて座り、慶太もそれに倣ってとなりに座る。
「うちの地区は、あんまり外出る習慣ないからな。それに、こんなの興味あるやつもあんまいないだろうし」
「えー信じられない、みんな勿体無いなぁ。…あ、そうだ。始まる前に」
環はそう言って、バッグの中から小さな手提げ袋を取り出した。赤地に金色の文字が刻まれたその袋を、慶太へと差し出す。
「あっ…」
「メリークリスマス、慶太」
「ああ。…ありがとう」
慶太は少しぎこちなく、袋を受け取る。
「中身見るのは帰ってからにしてね」
「えっ、だめなのか?」
「手紙入ってるから、帰ってから見て!」
「そっか…。環」
「ん?」
「メリークリスマス」
深いグリーンに、金色のリボンで彩られた小さな包み。目の前に差し出された環はそれをじっと見据え、ぱっと満面の笑顔を浮かべて受け取る。
「ありがとう」
「帰ってから見てくれよ」
「えーっ、だめなの?」
「恥ずかしいんだよ」
なんとなく目を泳がせてしまう慶太に、環は思わず吹き出す。
「慶太、ほんと変わらないよね」
「なにが?」
「去年のクリスマスもこんな感じだった」
「そうだったか?
「覚えてるくせに」
「…まあ、覚えてるけど…」
慶太はそういって、前を向き直り空を見上げた。環はそんな慶太を見てふっと笑ったあと、同じように前に向き直り、空を見上げる。
「慶太と付き合って、2回目のクリスマスだね」
「…そうだな」
「慶太。私、今日のことすごく嬉しかったんだ」
「えっ?」
「去年の今頃って、私、すごく慶太を振り回してたじゃない? クリスマスだって、慶太は試験勉強で忙しいのに、私が無理やりイルミネーションに誘ってさ」
「いや、そんな…」
「慶太は遊んだりするの苦手だって分かってるけど、それでもやっぱり、ちょっと寂しい気がしてた。時々、ほんとは迷惑なんじゃないかって思ったりとかして。でも…」
環の手のひらが、慶太の手をそっと包みこむ。
「今年は、慶太が誘ってくれた。しかも、今日みたいな特例天候日に」
「…………」
「慶太が、こんな特別な日に誘ってくれたの、本当に…すごく嬉しいんだ。ありがと」
環はそう行って、わざと慶太から目を逸らしてはにかむ。慶太はしばし環を見つめると、やがて空を仰ぎ、環の手を無言のまま少し強く握り返す。
「……あっ」
しばしの沈黙の中、ふと、圭介が声をあげた。
「始まったな」
「えっ? …あ、ほんとだ!」
環は思わず立ち上がり、空を臨む。圭介も、空を一心に見つめたまま見入っている。
遥か向こうにうっすらと天井の網目が浮かぶ、闇の空間。その中から舞い落ちてきた、白く、小さい粒。数えられるほどだったその粒はやがて、星のように空を覆い尽くし、ゆっくりと降り注いでくる。
「雪…すごい、綺麗…!」
「ああ…」
丘から見下ろせる街のどこからか、教会の鐘の音が聞こえる。それに応えるかのように、街の公共照明が、暖かなオレンジや澄んだ水のようなブルーに、ゆっくりと色を変えながら夜を彩る。
12月25日、22時0分。宇宙に浮かぶ人工巨大居住地コロニー13地区に、初めて雪が降った瞬間だった。
「環は、雪って見たことあるのか? 地球に住んでた時」
「ううん。だって、移住してきたのってすっごく小さい頃だし。初めてだよ」
「そっか。俺も、初めてだ」
「そうなんだ」
慶太はポケットから手を出し、手のひらに小さな雪の粒を受ける。それは思ったよりも質量がなく、冷たいという感覚をおぼえる前に、水へと姿を変えてしまう。けれどその感覚は、初めて体験するはずなのに、どこか懐かしさを感じる。
そんな様子を見ていた環は、笑顔を浮かべ、慶太の片腕を抱きしめる。
「私、絶対忘れないと思う。今日のこと」
「一応、歴史的実験日だもんな。たぶん、来年から居住史の教科書とかにも載るんじゃないか?」
「そういうことじゃなくて」
不思議顔で環の方を見る慶太に、環は笑顔で応える。
「一番大好きな人と、とても特別な瞬間を過ごせた日」
環はじっと、慶太を見据える。慶太はそんな環に表情を和ませ、うなずいた。
「ああ。そうだな」
慶太の返事に、環は満足そうな満面の笑顔を浮かべると、いっそう強く慶太の腕を抱きしめた。
「ねえ、慶太」
「ん?」
「今日、コロニーにとって特別な日になったけどさ。…私たちにも、特別なこと、作っていい?」
「え? …んっ!?」
返事よりも先に、慶太は何も言えなくなっていた。予感も何もなく、あまりに唐突さに思わず目を閉じてしまう。鼻をくすぐる甘い匂い。唇に触れる、空気よりも冷たい、もう一つの唇の感触。
数秒、だったんだろうか。唇と環の気配がふっと緩むのを感じ、慶太は目をあける。目の前には、まっすぐに慶太の目を見据える環。少し頬を上気させ、柔らかく笑う。
「ホワイトクリスマス。慶太と、初めてキスした日」
環にそう言われ、慶太は自分の体温が一気に上がるようなむず痒さに、思わず顔をそらす。環も、一瞬の空想から帰ってきたかのように、少し首を降ってまばたきをし、はにかみながら足元へと目を落とす。
視界の中で、振り続いている雪の粒が地面に届き、地面を濡らしてゆく。そわそわとしたままの体を落ち着かせるように、環は両手で自分を抱きしめてしまう。
雪が落ちる音も聞こえそうな沈黙。そして、ふと、慶太が環に歩み寄った。
「慶太…?」
慶太の手のひらが優しく背中を押す感覚に、環はそのまま体を預ける。目の前が、慶太の胸元に隠されて暗くなる。慶太の両腕に、強く、抱きしめられていた。
「…俺も、忘れないと思う。絶対」
耳を済ませていないと、聞こえなかったかもしれない。けれど慶太は確かにそう言って、腕に力を込めた。
「いっとくけど、俺、初めてだったんだからな」
「…えっ?」
聞き返そうとしたが、慶太はもう何も言わないというかのように、わざと腕に強く力を入れた。環は息苦しさに思わず声をあげたが、やがて、こえらえきれなくなり笑い出す。慶太も、そんな環につられて笑い出す。
街の方からまた、教会の鐘の音が響く。
淡々と振り続く雪の粒が、鐘の音に踊るように、ひときわ軽やかに舞い始めていた。